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函館地方裁判所 昭和25年(行)8号 判決

原告 水口忠一 外一名

被告 函館税務署長

一、主  文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

二、請求の趣旨

原告訴訟代理人は原告両名が別紙目録記載の財産に基き、昭和二十四年八月四日被告に申告した相続税課税額七千七百三十円の納税債務の存しないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めた。

三、事  実

原告等の長男水口忠三郎(もと禎也と称していた)は昭和二十四年三月二日死亡し、原告等は直系尊属として別紙目録(五)記載の電話加入権を相続した。それで、原告等は同年八月四日相続税の申告をする際、被告の注意もあり、且つ原告等自身もその所有ではあるが、形式上忠三郎の名義になつている財産、及びその死亡によつて他から贈與を受けた香典はすべて相続財産の範囲に含まれるものと誤つて考え、右電話加入権の外別紙目録に記載した(一)ないし(四)の財産についても、その價額を同目録の各下欄に記載したとおり評價し、これ等の合算額より葬儀費用三万五千円を控除した金額に、相続税法第五十八條に規定した加算税額を加えて、原告等の相続税納付税額を七千七百三十円と被告に申告した。しかしながら、原告等が相続財産として申告した右目録(一)ないし(三)記載の不動産は形式上忠三郎の所有名義となつているが、実際は原告忠一が昭和十四年十一月三十日実父水口六三郎の死亡を原因とし家督相続により承継取得したものである。唯、形式上これ等の不動産が忠三郎の所有名義となつているのは、戸籍簿上、当時原告等と同居していた継母水口サダが原告忠一が家督相続するのを嫌い、同原告が戸主たる右六三郎の同意を得ないで原告たかと結婚したという虚僞の理由で、六三郎の死亡前の同年六月二十九日同人名義を冐用して恣に離籍届を提出していたため、六三郎の死亡によつて原告忠一が相続しないでその長男である右忠三郎が家督を相続した形式をとつていたからである。それで原告忠一は六三郎の死後戸籍の訂正を求めるため、函館市役所の戸籍係に問いただしたところ、新戸主となつた忠三郎が成年に達するまでは訂正の手続ができぬと言われ、その後同人が成年に達した頃は戰爭の最中であり、且つ、原告忠一も忠三郎も共に病気をしていた関係から、右手続をしないうちに忠三郎は死亡し、遂に右訂正の機会を失した次第であるが、右離籍は僞造の離籍届に基きなされたものであつて、戸籍の訂正如何に拘らず法律上当然無効であり、從つて右不動産は忠三郎の死亡前既に原告忠一の所有に帰していたから相続財産とはならぬ。又、右目録中(四)記載の現金は忠三郎の死亡により原告等において他から贈與を受けた香典であつて、当然課税の対象とならぬものであり、結局、原告等が忠三郎の死亡により相続したものは、前記電話加入権のみということになるわけであるが、その價額は二万円であつて、相続税法第二十一條所定の基礎控除額五万円にも達しないから、原告等は相続税を納付する義務は全くない。そこで原告等は被告に対し右の事情を述べて先に申告した相続税納付債務の存しないことを主張したが、被告はこれを聽許せず、昭和二十五年三月更に右相続税の申告が過少であり且つ課税漏れもあるという理由で更正決定をし原告等の右主張を爭うので、原告等はやむなく更正決定とは別個に右納税債務不存在の確認を求めるため本訴に及んだ次第ある。なお被告の本案前の抗弁に対し、

一、本件訴訟は、原告等が納税義務という公の義務に基き被告に申告した相続税納付債務の不存在確認を求めるものであり、かかる納税債務があるか否かということは、被告主張の如き單なる私法上の権利義務の関係とは異なり、行政事件訴訟特例法第一條にいうその他公法上の権利関係に関するものと言わねばならぬ。しかも、下級税務官廳たる税務署長は、いわゆる権限の委任に基き国の行う租税行政事務を分掌し、行政廳として納税義務者のなした申告をその儘認容するか否か決定する権限を有しているのであるから、本件におけるが如く、原告等が錯誤に基いてなした相続税の申告の取消を聽許せず、更に、更正決定をする以上処分廳といい得るわけで、同法第三條の規定を類推適用し、申告に基く相続税納付債務不存在確認請求訴訟においても抗告訴訟に準じ税務署長は被告としての適格を有する。

二、本件相続税の申告につき被告主張の日に主張の如く更正決定がなされ、その決定書の送達のあつたこと、及び原告等が被告主張の日に主張の如く審査の請求をなし、現に審査中であることは認める。しかし本件は行政廳のなした行爲処分の取消を求めるものではなく、原告等が誤つて被告に申告した相続税課税額に基く納税債務の不存在確認を求めるものであるから、審査の結果を待たぬことは何等本訴提起の妨げとならぬと述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、まず、原告等の訴を却下する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、その理由として、

一、原告等がその申告に基き相続税を納付する債務があるか否かは單純な私法上の権利関係にかかり、原告等の請求は行政事件訴訟特例法第一條にいう公法上の権利関係に関するものでなく、通常の民事訴訟に属するから、かかる請求は国を被告として提起しなければならず、下級税務官廳たる税務署長は被告としての適格を有しない。

二、仮にそうでないとしても、原告等の本訴請求は相続税課税額の範囲を爭うことに帰着し、かかる課税額に対する不服は財務局長に審査の請求をなし、その決定を経た後でなければ訴を提起できないことは相続税法第四十八條の規定に徴し明かである。ところで被告は原告等のなした本件相続税の申告が過少であり、且つ課税漏れもあるところから、昭和二十五年三月一日更正決定をなし、その決定書は同月七日原告等に送達せられたところ、原告等はこれに対し同年四月五日札幌財務局長に宛て審査の請求をなし、現在審査中であつて未だその決定をみるに至つていないから、原告等の本訴は不適法として却下を免れぬ、と述べ、

本案につき、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告等が昭和二十四年八月四日被告に対し主張の如く相続税課税額の申告をしたことは認めるが、別紙目録一ないし三に記載した不動産が原告等主張の理由から原告忠一の所有に属することは否認する、その余の原告等主張の事実は不知である。仮に原告等主張の理由で離籍が僞造の離籍届に基きなされたとしても、これが戸籍に登載せられその訂正のない以上原告等は離籍の無効を主張し得ないと述べた。(立証省略)

四、理  由

まず被告の本案前の抗弁について考える。

被告は、納税義務者がなした相続税の申告に基く相続税納税債務は国と納税義務者間の單純な私法上の権利関係の問題であつて、公法上の権利関係に関するものでないから、下級税務官廳たる税務署長は当事者適格を欠くと主張するので按ずるに、申告納税制を建前としている相続税法のもとにおいて、納税は納税義務者が課税標準の申告をなし、これに税率を適用して法定期限内に自発的に納付することによつて完遂されるのであつて、納税義務者が正確に相続税の申告をしたときと雖も国は常に公権力を以て納税義務者が正確に納税義務を履行したか否かを調査する職責を有するのであり、国の調査した課税價格と納税義務者の申告した課税價格とが異なるときは、国は公権力を発動し、納税義務者の申告した課税價格を更正できるから、国と納税義務者との間に生ずる法律関係は、たとえ納税義務者が正確な申告をなし国の何等の処分を待たずに確定するときであつても、單純な私法上の法律関係とみるべきものではなく、公法上の権利関係に関するものと言うを相当とする。しかし租税債務に基く法律関係が公法上の権利関係であることからして、直ちにこれが不存在の確認訴訟について下級税務官廳たる税務署長が被告としての適格をもつとは、にわかに断定し得ぬところであつて、およそかかる訴訟は租税債務者たる納税義務者と租税債権者たる国との間の法律関係として、民事訴訟の例により本來国を被告として提起すべきものであることまさに被告主張のとおりではある。しかし一方、申告納税制の実際は税務官廳が納税義務者のなした申告の適正であるか否かを調査する職責を有し、常にその背後にあつて行政権の活動が留保され、申告と言つても行政廳において賦課処分をしたのと何等選ぶところがないのみならず、納税義務者が所轄税務署長に対し、先に申告した租税債務を錯誤に基く無効のものであるという理由で該債務不存在の主張をなし、申告自体の取消の聽許を求めるに対して税務署長がこれを爭い、納税義務者の取消を聽許しないときは、申告自体につきこれを調査する職責ある税務署長は実質的にみて処分廳と言つても敢て不当ではないと考えるのが相当である、しかして、本件についてこれをみると、原告等主張の全趣旨から推せば、本訴の重点は形式上租税債務不存在確認の請求のように見られるが、その実質は、租税債務が錯誤に基く無効な申告によるという理由で被告に対し該申告の取消を申出たが被告は原告等の申出を聽許せず、更に原告等の申告は過少申告であるとして、更正決定をしたのであつて、被告の右不聽許は違法であり、無効な申告により発生した租税債務は無効であると言う点にある。してみれば、本件におけるが如く、行政廳としての税務署長がいわゆる権限の委任に基き、国の所掌事務の一部を分掌し、自己の権限として納税義務者の申告の適否を調査し、その主張する租税債務の存否を爭うときは、税務署長を被告としてこれが不存在の確認を求めることも許されると言わねばならぬ。よつてこの点に関する被告の前記主張は採用しない。

次に、被告は、本訴は審査の決定を経ずに提起された不適法の訴であると主張するけれども、納税義務者が相続税法第四十八條ないし第五十條の規定に基いて審査の請求をなし、これに対する決定を待つて訴訟を提起する場合は、同法第四十六條の規定により、政府の通知した課税價格又は同法第六十條の規定により政府の通知した税額に異議のあるときだけであつて、いずれの場合も行政廳のなす行政処分の存在を前提としているから本訴の如く行政廳の処分の存在を前提とせず、納税義務者が錯誤を理由としこれに基き申告した納税債務の不存在確認を求めるときは、別に審査決定を経る要がないと解するのを相当とする。よつて被告の右主張も採用できない。

進んで本案の当否につき調査する。

原告等の本訴において主張するところは、要するに、原告等は昭和二十四年三月二日長男忠三郎の死亡によつてその遺産を相続したので、同年八月四日被告に対し別紙目録記載の財産に基き相続税の申告をしたが、右申告書には原告等が錯誤によつて相続財産から除外さるべきもの、即ち原告忠一の固有財産或は香典をも含めて記載したから、右申告に基く税額は当然存在しないのに拘らず、被告は昭和二十五年三月一日これに対して更正決定をなし、その決定書は同月七日原告等に送達せられた。それで原告等は同年四月五日札幌財務局長に宛て審査の請求をなし、現に審査中ではあるが、右更正決定の可否はさておき、これとは別個に右無効の申告に基く租税債務の不存在確認を求めると言うにある。しかして、申告納税は納税義務者が正確な自己賦課によつて正しい申告をしたときにのみ、納税義務者が国に納付すべき租税債務が確定すること前段に記載したとおりであつて、税務官廳において、その調査したところに從い納税義務者の申告した課税價格を正確でないと認定し、これに対して更正決定をしたときは、その決定書を納税義務者に送達することによつて、先に納税義務者の申告した税額は確定しないことに帰し、爾後、納税義務者は新たに更正された税額についてのみ不服あるときは財務局長に審査請求をなし、その決定に不服あれば出訴するを以て足り、既に更正決定に対して審査請求をしている以上先に申告した税額について爭う必要はないわけである。さすれば、税務官廳において納税義務者の申告に対し更正決定をした以上、納税義務者はその申告に基く租税債務の存否につき確認を求める法律上の利益は存しないと言わねばならぬ。ところで、本件について考えるに、原告等が昭和二十四年八月四日被告に対し別紙目録記載の財産につき主張の如く相続税の申告をしたが、被告において昭和二十五年三月一日右申告を過少且つ課税漏れがあるという理由で更正し、その決定書が同月七日原告等に送達せられたことこれに対し原告等が同年四月五日札幌財務局長に審査請求をし、現に審査中であることは、原告等の自認するところであるから、既に原告等の申告した税額は確定せず、更に原告等において被告のなした更正決定につき審査の請求をなし現に審査中である本件において、申告に基く租税債務不存在の確認を求める原告等の本訴請求は、結局、これが確認を求める法律上の利益を欠くことに帰着し、その余の爭点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れぬ。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 川島普 水野正男 斎川貞造)

(目録省略)

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